成就院(じょうじゅいん)

別名「月の庭」と呼ばれる名園・成就院庭園

月照上人坐像(左) ・ 信海上人坐像(右)

応仁の乱の兵火によって焼失した清水寺を、勧進活動によって再興した願阿上人(がんあしょうにん)の住房として造られたのが成就院の起源です。その後、清水寺本坊塔頭(ほんぼうたっちゅう)として、本願職(伽藍整備や維持、財政の維持管理)を担当してきました。
現在の建物は、寛永16年(1639)、ときの天皇・後水尾天皇の中宮であった東福門院和子(とうふくもんいんかずこ)の寄進によって再建されたもの。
幕末には月照(忍向)・信海両上人(げっしょう・しんかいりょうしょうにん)のもとに近衛忠熈公(このえただひろ)、西郷隆盛公をはじめとする勤皇の志士たちが集い、密談を交わした場所でもありました。
明治から昭和にかけては中興開山大西良慶和上(ちゅうこうかいさんおおにしりょうけいわじょう)が約70年にわたって住持しました。
見事な庭園や襖絵の数々は、毎年、期間を限って特別公開しています。