アテルイ・モレの碑(あてるい・もれのひ)

石碑に刻まれているのは、現在の岩手県奥州市地域を本拠地とした蝦夷(えみし)の首長・阿弖流為(アテルイ)と母禮(モレ)の名前です。二人は平安朝廷の東北平定政策に対して勇敢に戦いましたが、郷土の犠牲に心を痛め、征夷大将軍・坂上田村麻呂公の軍門に下りました。将軍は両雄の武勇、器量を惜しみ朝廷に助命嘆願しましたが、許されず処刑されてしまいました。石碑は、平安建都1200年を期して1994(平成6)年に有志により建立されました。