音羽山 清水寺

 
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清水寺について

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清い水の地に建つ観音さまのお寺

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    音羽山に広がる広大な境内
仁王像と三重塔
仁王像と三重塔

「清水寺」という寺名は、音羽山中より今もなお途切れることなくこんこんと湧き、音羽の滝に流れる霊泉に由来しています。

この霊泉は「すべての人を救う」観音さまのご利益とあわせ、古来より無病息災、立身出世、財福、良縁、子授けといった現世利益を願う善男善女を集め、「清水の観音さん」の名で全国に広く信仰を得てまいりました。

開創は宝亀9年(778)、奈良時代の末で、山号は音羽山。宗派は北法相宗です。「北」は南都・奈良に対して北の京都に立地するという意味をもっています。
東山・音羽山の中腹に広がる13万平方メートルの境内に、国宝、重要文化財を含む15の伽藍が建ち並びます。そのほとんどが江戸初期の再建であり、平成6年(1994)にユネスコ世界文化遺産「古都京都の文化財」のひとつとして登録されました。

「清水の舞台から飛び降りる」の語源となった本堂の舞台、音羽の滝などが特に知られていますが、緑深い境内には、様々な意匠の堂宇があります。どうぞゆっくりと拝観されて、野鳥が囀る美しい自然のなかで心静かに手を合わせ、観音さまとのご縁をお結びください。

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寺名の由来、開創、境内について

観音さまの教え

千日詣
千日詣

当山の御本尊である十一面千手観世音菩薩をはじめとする、観世音菩薩は通称「観音さん」と呼ばれ、日本で最も馴染みのある仏さまです。

観世音とは「心で自由自在に世の中の音を観る仏」といわれ、その観音さまの心とは、次の五観です。

  1. 真実を求め真理を愛する心、真観。
  2. 清く澄んだ、私利私欲に走らず、利他を重んずる心、清浄観。
  3. あらゆるものを平等に観ずる心、広大智慧観。
  4. 他の苦しみを自らの苦しみとして共感できる心、悲観。
  5. 他の楽しみ、喜びを共に観じられる心、慈観。
本堂
本堂

「観」とはわたしたちの主観、心のことであり、「音」とはわたしたち以外の周りのことで、観音さまの心である五観をもって、「音」を観じることにより、様々な困難や苦しみを克服しようとする。言い換えると、観音さまのお心、お姿とは、わたしたちの理想とするべき心の有様を、体現していただいているのです。

観音さまは、そのお姿を三十三身に変え、一切衆生を救済されようとしています。
普段お参りしている観音さまのお姿だけが、観音さまだとは限らないのです。例えば、町内を走り回っている小さな子どもたちも、観音さまが正しい道を伝えようと姿を変えて出現されているのかもしれません。

すなわち、観音さまとは遥か遠くにあるのではなく、「音」であるわたしたちの日常の中におられるのです。
その観音さまに出会うには、普段の生活の中でなるべく沢山の有難さ、感謝を見つけようと、五観をもって勤めることです。
そのためにわたしたちの心、「観」が、少しでも観音さまの五観に近づける精進が必要なのです。

みなさんも、毎日の暮らしのなかで、どんなことでもいいから、「ありがたい」と思うことを見つけてください。
それが、観音さまのお心に近づく道、幸せへと続く道なのです。

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「心で自由自在に世の中の音を観る仏」=観世音菩薩

清水寺 縁起

開創…観音さまのお告げに導かれて

音羽山清水寺(おとわさんきよみずでら)は、宝亀9年(778)に奈良子島寺(こじまでら)の賢心(けんしん)、後の延鎮上人(えんちんしょうにん)によって開創されました。

「清水寺縁起」によると、賢心は「木津川の北流に清泉を求めて行け」という霊夢をうけ、翌朝、霊夢にしたがい清泉をもとめて上がると、音羽山麓にある滝にたどり着きました。

行叡居士
行叡居士

するとそのほとりで草庵をむすび、永年練行をしている行叡居士(ぎょうえいこじ)と出会ったのです。

行叡居士は賢心に霊木(れいぼく)を授け、千手観音像(せんじゅかんのんぞう)を奉刻し観音霊地を護持するよう遺命を託すや否や、姿を消してしまいました。
「行叡居士は観音の化身である」と悟った賢心は、以後固く遺命を守り、千手観音を刻んで草庵と観音霊地の山を守っていました。

延鎮上人
延鎮上人

創建…後の征夷大将軍、坂上田村麻呂公により諸堂伽藍建立

坂上田村麻呂公
坂上田村麻呂公

その2年後の宝亀11年(780)、坂上田村麻呂公が妻室・三善高子命婦の安産のため、夏の暑い日に鹿を求め音羽山に上がってこられました。
そしてひと筋の水の流れを見つけ、そのあまりの美しさに、水源を求めて歩みを進めるうちに草庵にたどり着き、賢心と出会いました。

坂上田村麻呂公は賢心に鹿狩りに上山した旨を話すと、観音霊地での殺生を戒められ、観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)の教えを諭されました。
深く感銘を受けた坂上田村麻呂公は、この賢心が説かれた清滝の霊験、観世音菩薩の功徳を妻室に語り聴かせ、共々深く仏法に帰依(きえ)されました。
そして後日、自らの邸宅を仏殿(ぶつでん)に寄進し、十一面千手観世音菩薩を御本尊として安置されました。

身近な存在 清水の観音さん

清水寺はその後、霊験あらたかな観音霊場としてさらに広く信仰を得てきました。「枕草子」「源氏物語」といった古典文学をはじめ、能狂言や歌舞伎、落語などにも数多く登場するなど、貴族や武士といった限られた階級だけでなく、庶民にも開かれたお寺として親しまれてきたのです。

開創以来、1200有余年の間、幾度もの災害戦災にあいながら、その都度、再建・復興を果たしてきたのも、人々の信仰の篤さのたまもの。
現在の伽藍(がらん)は、徳川三代将軍家光により寛永10年(1633)に再建されたもので、平成6年(1994)にユネスコの世界文化遺産に登録されました。

清水寺参詣曼荼羅(部分)
清水寺参詣曼荼羅(部分)

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伝説に彩られた平安京より古い歴史

御本尊

独自のスタイル、ご利益抜群の観音さま

独自のスタイル、ご利益抜群の観音さま
清水型十一面千手観音像の御前立仏

一般的な千手観音像と違い、左右の腕を頭上に高く挙げて化仏(けぶつ)を戴くお姿は清水寺独自のもので、「清水型観音」と呼ばれています。
このお姿は、多大な観音力(かんのんりき)を発揮して現世利益を恵まれる十一面四十二臂千手観音像に、さらなる格別の観音力を表現したものです。

40×25で千手の観音力

合掌している両手を除いた40本の腕のそれぞれに25の観音力が宿っており、合計して千手となります。
この千手はそれぞれの持物(じぶつ)・持ち物や印相(いんそう)・指の形により、出世や健康、五穀豊穣などさまざまなご利益があると同時に、万事を見通される目をもっておられるのです。

33年に一度の御開帳の秘仏

御本尊は、本堂最奥部内々陣(ないないじん)の厨子(ずし)内に秘仏として祀られ、厨子前に御本尊の姿を写した御前立仏(おまえだちぼとけ)を安置しています。

御開帳は、御本尊が三十三身して衆生を救うという「観音経」の教えに因んで、33年毎に行われます。
近年では平成12年(2000)に通常の御開帳、平成20~21年(2008~2009)に特別に御開帳されました。

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ご利益抜群の御本尊「清水型観音」とは?

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