筆跡に込められた先人たちの想い

書と清水寺。

風光千里(ふうこうせんり)

2015年は元清水寺貫主・大西良慶和上の33回忌でした。
良慶和上は「良慶節」と親しまれたわかりやすい語り口で仏法を説かれ、多くの参詣者で賑わう現在の清水寺の礎を築いた当山「中興の祖」です。
明治・大正・昭和と激動の時代を仏法とともに生きられた良慶和上は、その109年の生涯で数多くの書を残されました。良慶和上がしたためられた文字のひとつひとつに、衆生を慈しみ、自身を厳しく律し続けたその生き方が息づいています。

白雲心 (はくうんしん)

大西良慶和上は清水寺に晋山された大正3年(1914)は、明治時代におこなわれた廃仏毀釈の影響により仏教界にとって苦難の時代でした。清水寺も例外ではなく、境内には仏像・仏具が散乱し、伽藍の修理もままならない状況でした。良慶和上が生まれた本坊塔頭・成就院でさえ、雨の日には室内で傘が必要だったほど荒廃していたと伝えられています。
そのような時勢にあって、良慶和上は「仏教の社会的活動」を掲げ、文字通り身を投げ出して観音さまの教えを実践されました。京都初の老人福祉施設の開設や児童養護施設の運営、関東大震災被災者の慰霊・復興ボランティア、清水焼の復興支援……。良慶和上がおこなわれた社会貢献活動には枚挙にいとまがありません。そして良慶和上の情熱は、清水寺のみならず仏教界全体の復興へと繋がっていくのです。
良慶和上の書『唯心蔵(ゆいしんぞう)』は、清水寺の宗旨である法相唯識の教えを象徴しています。「すべての事象は心の反映である」という意味を持つこの三文字に、公益のために尽力された良慶和上の信条が込められています。
清水寺の堂宇には、良慶和上をはじめとする先達の書が多く掲げられています。ご参詣の折には、先人の想いが込められたその筆跡をぜひご覧ください。

唯心蔵 (ゆいしんぞう)

*次回更新は12月の予定です