Vol.1 観音様とともに生きた109年。大西良慶和上

生き続ける先人の志、信仰の力。進化する参拝のかたち


境内の北側、随求堂の隣には良慶和上を祀った「中興堂」が立っています。


中興堂では毎月15日に法要を営み、今も和上を偲ぶ方々がお越しになります。


円通殿にお祀りしている彩色の木像。晩年のお姿がリアルに再現されています。


平成3(1991)年には、全国の「清水寺」の名をもつ寺院とネットワークを結成。毎年4月3日の清水の日に当山に集い、インドに井戸を掘る募金活動などを行っています。


良慶和上の力強い筆さばきが刻まれた「念彼観音力」の石碑。西門下に立ち、参拝の皆さまをお迎えしています。

良慶和上はまた、観音さまの慈悲をお寺の中だけなく、社会福祉で実践されました。各種の仏教団体を率いて、悩み事相談や寺子屋講座など青少年の育成に努め、京都で初の養老院も設立。よだん堂vol.10でご紹介した、のちの同和園です。森貫主は、「良慶和上ご自身が25歳の時に両親と妹を相次いで亡くされ、親孝行ができなかった。同和園には肉親への想いがこもっていたのではないかと思います。」といいます。また、青年期に従軍僧として日露戦争の激戦地203高地へ赴き、戦争のむごさを目の当たりにされた体験から、平和運動や国際交流にも力を注がれました。
このように、昭和58(1983)年に入寂されるまで、109年間の長きにわたって精力的に活動された良慶和上。清水寺に近代化、社会化、国際化をもたらし、「北法相宗」を新たに立宗し本山として進むべき道を示された、偉大な人物でした。

良慶和上の「いいことは積極的に採り入れ、実行していく」チャレンジ精神は、現在の清水寺にもしっかりと根付いています。平成になってからは、千日詣りの宵詣りを復活、春と秋の夜間拝観もスタート。平成12(2000)年には、33年毎の本尊御開帳を、これまでの1週間程度の開催では多忙な現代に合わないと、約9か月という前代未聞の長期で開催。さらに講演に加えて、「清水寺展」とした仏さまの出開帳も全国を巡回し、平成26(2014)年には、はじめて沖縄での開催が叶いました。
また、世界遺産に登録されたこともあって、海外からの観光のお客様も年々増加し、最近ではフランスの方が本堂で結婚式を挙げられました。「大好きな清水寺でぜひ」と望まれたことは大変うれしく、光栄なことでした。

当山は大衆信仰、庶民信仰のお寺です。1200年あまりの長い歳月、観音様の大きな慈悲を信じて、身分も貧富も、宗派を越えて、あらゆる人々が祈りを捧げてこられました。この信仰の心こそ、良慶和上や多くの先人たちが、数々の困難を乗り越え守ってきたものであり、これからも未来永劫、守っていかなければならない当山の宝です。

冒頭の森貫主のお話で「熏習」についてご紹介しましたが、これには続きがあります。
「習」を繰り返し「熏習」したことが表に現れることを「現行熏習(げんぎょうくんじゅう)」といい、毎日、こつこつと精進し、より良いものを身のうちに積み重ねれば、自然と行いに現われるというもの。そしてその行いの上に「習」を積み重ね、らせんを描くようにして人は高みへ至る。「現行熏習」には終わりはないのです。
清水寺の歴史もまた同じ。常に、今に生きる人々の心を癒せる存在であるために、新しい試みを積み重ねながら、日々の務めをこつこつと続けているのです。

■大西良慶和上の三十三回忌法要は、2015年5月28日(木)に厳修いたします。

■中興開山良慶忌
御命日の2月15日に、毎年追善法要を行っています。

■うら盆法話
8月1~5日までの連日、朝6時から開催しています。2015年は開催100回を迎えます。

■観音経読誦会・北法相宗 仏教文化講座
毎月第2・第4日曜日の朝7時(冬期は7時半)から観音経読誦会、朝7時半(冬期8時)から講座を開いています。この講座も良慶和上によって昭和41(1966)年から始められたものです。

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