Vol.1 清水の舞台から飛び降りた!?

元禄期に「飛び落ち」大ブレイク


明治35年ごろの清水の舞台。竹矢来がびっしりと周りに張り巡らされています。

当山に参詣されたことがない方も、「清水の舞台から飛び降りたつもりで...○○する!」という、決心の言葉は聞いたことがあるのでは? これはそもそも、本当に飛び降りた人々がいたから生まれた言葉。
当山・成就院に残る記録によれば、江戸時代の中期・元禄7年(1694)から明治維新直前の元治元年(1864)までの間に、未遂を含めてなんと235件もの飛び降り(当時の記録では「飛び落ち」)があったとか。ほとほと困った当山では、「防止柵をつけるとか、人々に飛び落ちないよう指導してください」と、京都町奉行所へ何度もお願いしたという記録も残っています。明治時代に入って、ようやく舞台の周りに竹矢来が組まれ、京都府から禁止令が発令されて終息したのです。

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